元総務大臣増田寛也

地方が消滅する

中央集権を地方分権に変えるには、知事個人の力もさることながら、住民たちがそれを支え、主役になって活き活きと活動する仕組みを作ることが必須だ。
30代の若者が地方議会に打ってで「自分たちで地域を作っていく」と意識するような地域力が今求められている。

月尾 スマートライフ研究所の出発にあたり、どのような方向を目指すべきかをさまざまな分野の方々からうかがおうということで、最初に総務大臣も経験された増田さんにお願いしました。
 今回のテーマは「地方消滅から地域再生への転換」です。増田さんの著書『地方消滅』(中公新書)は24万部も売れたベストセラーです。この本で提示された内容を参考に、地域が目指すべき方向について、お話しをおうかがいしたいと考えています。
増田さんの経歴を簡単に振り返ると、旧建設省に入省され、その間に地方自治体にも出向されました。その後、岩手県知事として3期連続当選され。退任後は総務大臣に就任されました。総務大臣をお辞めになってからは東京電力社外取締役なども務められ、現在は東京大学客員教授として法学部で教えていらっしゃいます。産官学という言葉がありますが、さらに政治も経験してこられました。
最初に『地方消滅』という本を出版された意図からおうかがいしたいと思います。

自治体の半数が消滅する危機

増田 建設省で携わった都市計画は、人口が増えることを前提に、市街地が無秩序に開発されて乱雑な状態になることを防ぐ仕組みをつくることでした。
ところが現在は人口が減ってきている。しかし市町村長が人口の傾向を詳しく分析しているかというとそうでもない。5万だった人口が4万を切ったなど、総数のみで判断し、年齢構成が高齢化に移行していることなどには危機意識を持っておられないし、そもそも精細な分析もしておられない自治体が大半でした。
国立社会保障・人口問題研究所から、30年先の詳細な人口予測結果が発表されていますが、それを見ると、かなり多数の自治体が消滅しかねないくらい様子が変わっていきます。そのような現実を世の中に問いかけていきたいというのが、この本を書いたそもそもの動機です。

月尾 約1700ある自治体のうち半分が消滅寸前だということで話題になりましたが、さらに過疎地域だけではなく東京都豊島区という都心でさえ危ないという分析が衝撃的でした。
今年は明治維新150年です。明治以来、日本の人口は増え続けて3・6倍になりましたが現在は減少に方向転換しています。これは世界でも異常な状態で、先進諸国の中でもっとも高齢者の比率が高い国になっています。
また情報社会となった現在、明治以来の日本の根底にあった殖産興業で工業社会を発展させるという国造りも転換を迫られています。
従来は自然環境もそれほど意識しない開発が実施されてきました。例えば日本で2番目に広い湖であった秋田県の八郎潟は全部埋め立てられてしまいましたし、田中角栄総理の時には「日本列島改造論」で、釧路湿原さえも埋め立てる構想が登場しました。現在では想像もできない時代でした。
人口が減少しはじめ地方が消滅するだけではなく、明治維新から150年が経過した現在、さまざまな分野で巨大な変化が発生しており、それを前提に今後の日本を考えていかなければならないのですが、どのように現状を見ておられますか?

東京一極集中の構造をどう変えられるか

増田 どのような形でも、さまざまな仕組みを考えるときの基本的なデータが人口です。みなさんに「人口データをきちんと見てください」と言うのは、そのデータによって環境政策や産業構造も大きく変化するからです。明確なデータに基づいて次の社会をどうしていくかを考えていかなければならないという問いかけをしたい。人口の移り変わりだけではなく、その影響で出現する社会現象と、技術の進化とを合わせて考えていくべきだと申し上げたいのです。
人口が減るのは出生率が大きく影響していますが、日本の場合は若い人が地方から東京へ流出している。それも地方消滅の要素です。
月尾さんが言われた内容に付け加えると、日本の社会構造が東京一極集中を背景に成り立つようになっている。地方のなかには東京など大都市圏への電源立地地域になっているところもあり、そこでは環境破壊も発生しています。しかし、それがなければ大都市の電力をまかなうことはできない。産業構造にしても、工場は地方にあるけれども会社の利益は東京本社に計上されるから、東京の自治体は財源が豊富であるという利点もある一方、地方にはひずみも相当発生しています。
さまざまな分野で考えるべき論点がたくさんあります。人口減によって生じる社会全体の縮減に、どのように対応していくかという政策と同時に、東京に過度に集積している活動を分散できるのか、また分散させた場合には産業の力が弱くなるのではないかなど、すべてを含めて答えを出すことが次の時代の目指す方向に繋がっていくというような問いかけを社会にしていきたいと思っています。

月尾 一極集中の背景に、明治維新のときに変更した国の構造があります。それまでは約270の諸藩が独立して行政や経済を維持していた分権社会でしたが、明治になって集権国家に移行し、そのひずみが出ているのではと思います。最近になり永田町や霞が関に問題が噴出しているのも、この社会制度が背景にあります。中央政府に権限を集め、地方を支配し管理しながら発展してきた国家が成り立たなくなっているのではないかということです。
 知事を12年務めてこられたご経験から、中央集権の弊害や圧力をずいぶんお感じになったと思いますが。中央集権が変化することをどう考えられますか。

増田 開国の時代には、ヨーロッパやアメリカなどの列強諸国の植民地にされる危機もありました。出遅れた日本がどのように対応していくのかを検討するなかで、中央集権体制で急速に国力をつけていくことが国家戦略だったわけです。
そのために先進諸国から多数の「お雇い外国人」を集め、さまざまな分野で中央集権的に改革をしていく戦略を採用しますが、これは的を射た部分も多かったと思います。その結果、官が強くなり、お上意識が社会に行き渡りました。
もうひとつのターニングポイントは第二次世界大戦の敗戦です。現行の憲法が制定された当時、かなり精緻な地方自治制度も作られました。税制ではシャウプ勧告などにより抜本的な改革があったにもかかわらず、戦前からの中央集権の制度がそのまま残ってしまった。表面的には国民主権に切り替わりましたが、役所は相変わらずお上意識と中央主導意識が強いままでした。
国家が責任を持たなければいけない防衛や外交などは国主導で実施するとしても、かなりの行政分野は自治体に委任するほうがよかったと思いますが、その整理が十分ではなかった。日本は一度制度を決めると簡単には変えない国です。
有権者である国民の意識が高まり、女性の参政権が認められるなど変わったことも多いのですが、基本的な仕組みを変更することが必要でした。極端に言えば、国への依存意識を切り替えていくことが必要だと思います。
これからの方向を考える場合、地方自治体の首長の力を強くすることだけに固執しすぎるのはよくない。地方自治は首長と有権者の関係で生まれる民主的な制度です。「住民自治」という言葉が使われますが、その意識が醸成されていくかどうかは永遠の課題です。
地方自治体でどのように意思決定をして、住民の力を強くしていくかということは、これから先も重要な課題であり続けるでしょう。
分権はかなり進みましたが、国と地方の権限配分関係を正しく保ち、住民自治を完結していけるかは、自治体のなかで首長が最も自覚してやっていかなければならないことです。

自治体の新たな取り組みが地方を救う

月尾 中央集権制度を変えるために、1998年に増田知事や三重県の北川正恭知事、高知県の橋本大二郎知事などと「地域から変わる日本」推進会議を作られました。最大では10数人の知事が参加され、私もかなり期待してお手伝いしました。
 一例として全国知事会は旧自治省の下請け的な存在でしたが、その推進会議の影響で知事会長を公選で決めることになりました。増田知事が推薦された梶原拓岐阜県知事が初めて選挙で選ばれ、現在も選挙制度は続いています。ところが最近では選挙ではあるものの形式的になりつつあります。これを見ても、中央集権を地方分権に変えることはなかなか容易ではないと思えます。

増田 知事個人の力よりも住民全体が支える、あるいは住民が主役として活き活きと活動するという方向に変わるには多少時間がかかります。
1998年の推進会議立上げ当初の知事のほとんどは2期、3期で退かれました。北川三重県知事は2期で、私も浅野史郎宮城県知事も3期で辞めました。知事が変わっても継承された部分はありますが、変化が十分に継承される以前に知事が交代してしまいました。
梶原岐阜県知事は国の権限を地方に移すことに努力され、知事会会長も2期務められましたが、ご自分の意志で5期目は知事選挙に立候補せずお辞めになりました。
権限が地方に移管された部分もありますが、住民との間で透明性高く自治の仕組みを動かしていくにはまだまだ改革が必要でした。しかし、知事が交替してしまい、うまく継続されませんでした。これは大きな変革の時期でしたが、中央集権のなかでは活動の限界でもありました。
もうひとつの課題は財源をどうするかということです。国に頼らない財政基盤の醸成が必要だと思いますが、財政分野での自立はまったく手をつけられませんでした。
お金がすべてではありませんが、財源の部分について透明性を高くし、住民とともに「受益と負担」を議論することが必要でした。もう少し時間があればできたのではないかという気もします。

月尾 片山虎之助総務大臣の時代(2002ー2003)に、その配分を変えようと動かれましたが、結局はうやむやになってしまいました。

増田 途中で頓挫し、変わったのは4兆円という一部の補助金だけでした。比較的大きな自治体にとって財源は確実に増えていますが、人口規模が小さく、そもそも財源が少ない自治体では、さらに財源が減少したところが多い。小さな自治体の数は多いから、本当は県が支えることが必要だったと思いますが、自治体間の温度差があって十分な変化にまで到達しませんでした。

「頑張らない宣言」の意味と効力

月尾 地域自身が意識改革しなければいけないということですが、最近の大きな問題になっているのが地方議会議員のなり手が不足していることです。地域から変えようという意識が高ければ、地方議会に多数の住民が立候補してもいいのに不足気味です。議員になってなんとかしようという方向に住民の意識を変えなければいけない。
増田さんが岩手県知事の時には「頑張らない宣言」をされました。その前には、国が決めた道路建設を白紙にもどすという反抗もされ、住民に新しい行政を始めると意識させる改革をされました。具体的に地域の人たちが「自分たちで地域を作っていく」と意識するには、どうすれば可能とお考えですか?

増田 月尾さんや各分野のリーダーの方々から強力な支援があったので精神的に支えられた部分が大きかったのですが、多くの自治体では、国が地域の面倒を見て、自治体は国に依存するのが当たり前という意識が続いていました。それはわかりやすいモデルです。
現実には東京で暮らすのは他府県出身者が多いのですが、東京は暮らしも豊かで明日への希望も満ちていると地方の人は思っている。華やかな文化もあるなかで、東京に追いつくことが自分たちの地域を豊かにすることだと地方では思っている。農業などには関心がないという意識が広まっています。
わかりやすく言えば、東京を目指せば自分たちの地域も向上していくし、個人的にも出世するという道筋です。戦後一貫してこういうモデルが作られてきたと思います。
一方、それによって地方の特色が急速に廃れていったし、場合によっては自分たちで捨てていった。地方の商店街は東京の銀座とは違ういい面を持ちながらも、「〇〇銀座」と呼ばれ、それぞれの特徴を捨ててきた。「東京を目標にしよう」「頑張れば東京に追いつく」と努力してきた。同じ座標軸で競えば、大きいところや強いところが勝つに決まっている。真逆とは申しませんが、少なくとも東京の方向とは90度くらい違う方向を目指そうというのが「頑張らない宣言」の意図でした。
目新しさはありましたが、さらに周到に準備して、ある程度時間もかけて実行すればなおよかったと思います。1998年に立ち上げた「地域から変わる日本」は、同じような考え方の仲間を増やしていく場だったと思います。そこに参加した知事は、確実に東京とは違う方向を目指していたと思いますが、それを全部の知事に広げていくのは、なかなか大変だと感じました。

辺鄙なところほど変わる可能性がある

月尾 増田さんも全国を回っておられるので「地域から変わる」多くの例をご存知だと思いますが、私も回って驚くような例が多数あります。山形県鶴岡市にある「加茂水族館」は、クラゲだけを展示して大人気です。それまでは、クラゲに価値があると誰も思っていなかったどころか、エチゼンクラゲは邪魔だと排除していたくらいです。
島根県・隠岐諸島の海士町も、それほど特長もない離島に人が移住してくるようになっています。地域の人が目覚めれば、離島でも人を惹きつける魅力がいっぱいある。

増田 海士町は山内道雄町長が立派です。小さくある程度まとまった規模だと首長の考え方が周辺を通じて行き渡りやすいのでしょう。山内町長は議会で大反対にあって4〜5年は苦労されたけれどやり抜いたわけです。海士町の評判を聞いてトヨタ自動車など有名企業を早期退職した若者が何人も移住してきました。
似たような例は徳島県神山町です。神山町に移住したいという人がいると、神山町側が主導権を持って選んでいる。いわゆる逆指名です。それほど大きくない自治体ですし、中心人物の大南信也さん(NPO法人グリーンバレー理事長)は「むしろ町がうるさく言わずに何もしてくれなかったのがよかった」と言われています。最初は苦労されたでしょうが、仲間が増えていくうちに急速に方向が決まっていった。
逆説的かもしれませんが、辺鄙なところのほうが変わりやすい部分もあります。窮地になるほど反転のバネが効いてくるのではないかと思います。
中途半端に現状で何とかなると考え、仕組みを変えない地域が、これからは厳しいのではないかということです。

月尾 仕組みや見方を変える点で私が期待しているのは観光客です。日本政府もインバウンド(外国人観光客)増加を図っており、うまくいけば2020年に4000万人になるようです。そうなると、地元に長く生活している人が気付かないことを、外の視点から気付かせてくれることになる。従来のインバウンドはゴールデンルートといわれる日本列島の東京から大阪までの区間に集まっていましたが、2度目以降に日本を訪れる人は日本人でも行かないようなところを訪ねています。
 違う視点で見るとインバウンドを呼び込み発展する可能性もあるわけです。有名なのはアレックス・カーさんの古民家再生です。日本人が気付かない素晴らしさを彼は見出しました。
 新潟の十日市にも、カール・ベンクスさんというドイツ人が住みついて、壊れそうな農家を再生しています。廃屋のような農家を黄色の壁の農家や緑色の壁の牛舎に改装したら観光客が増え、移住してくる若い人も増えてきました。
 先祖代々そこに住んでいる人々は見慣れているから新しい魅力を発見できない。ほかの地域や外国から来た人が新しい視点で発見して素晴らしさをアピールすると、一気に変わる可能性があると思います。

インバウンドから見た地方の魅力

増田 これまであった物事をどう切り替えるかは地元の人たちの判断でしょうが、保守的にならずに世界へ向かうグローバルな視点で考えてほしい。スマホのアプリなども利用して発展しているAirbnbなど民泊を経営する企業も増えてきました。
現在のところ日本では認められていませんが、Uber(ウーバー)やLyft(リフト)などの企業が提供するタクシーを過疎地域の交通が不便な地域で導入する動きもあります。
 ここ10年くらいでシェアリングエコノミーといわれるビジネスが世界で爆発的に普及しました。社会に実需があるから広がったわけです。
最新の流れをうまく取り入れれば、過疎地域こそインバウンドの外国人が集まる環境になる。若い人や外部の人がさまざまな仕掛けをすれば、古民家も素晴らしい資産に変わります。日本の伝統的で素朴な生活様式は、海外の人から見ると雅な京都よりもむしろ心に響くものになる可能性があります。 ビッグデータやシェアリングエコノミーとうまく結びつけて実現可能な道を作っていくためには、だれかが仕掛け人になることが必要です。それを素早く捕まえると一気に地域が活性化していきます。 アレックス・カーさんが開拓したことを、それぞれの地域で地元の人が実現すればいいのですが、地方銀行や地方大学が中心になって仕掛けられないかと思います。 目の前に宝の山があるのに、その価値に気付かないということが多いのが現実です。

月尾 北欧諸国には地方議員が無給で仕事をする都市がいくつもあります。フィンランドのヘルシンキでは定員の2倍くらいの人数が立候補しています。そういう人たちは普段は仕事をしているから、平日の昼間は議会が開けないので週末や夜間に議会を開いています。
これまでの日本では、役所の出身者や地元の顔役が地方議員になるのが主流でしたが、企業の経営者や社員が地方議員になる仕組みを作って、日当程度で役目を果たせば地域も変わります。

訪問外国人数

増田 政令都市など規模の大きい自治体は事情が違いますが、人口5万人以下くらいの自治体の地方議会は自治体ごとに選択できる多様な制度があってよいと思います。
多様な人たちが参画できるように柔軟に議会を開き、人口が1000人以下の小規模な自治体では住民総会のような形で決めていってもいい。地方議会こそ多様な議会制度を選べるはずです。
現在の地方議員は名誉職的な例が多く、70歳を過ぎて勲章をもらうと退任する人もいる。そのような慣習が若い人々に議員を敬遠させる理由です。
首長や執行部に緊張感を与える状態にしないと惰性に流れる傾向になる。私は知事の多選には反対ですが、町村長だと4選や5選をしてもいいと思います。ただし住民との間の緊張感が欠けると地域がうまく活性化しません。若い人たちが意見を言いやすい関係を作っていくことが大切です。
北海道の歌志内市は5万人都市でしたが、現在は人口3000人の市です。そのような都市が人口370万の横浜市と同じように議会や教育委員会をつくることは疑問です。

月尾 夕張市の鈴木直道市長も東京都庁から行かれたから、地元の人とは違う視点で立て直しをされました。

増田 立派です。地元に長く生活している人は地域のことをよく知っていることもあり必要ですが、親類縁者も同級生も多く、そのしがらみでできないこともある。そのような状況で地域外の人間が首長になると、支持母体もないし不安定ですが、思い切ったことが提案できる。それが次第に伝わると、最初は突飛と思われたことが実現できる。例えば古い集合住宅に分散して住んでいる人々を移住させ、集合住宅を改装して快適な住居にすることも可能です。
夕張市長は、これまでは実施しにくかったことをやっている。財政再建団体という落ちるところまで落ちた自治体だからこそ可能になった政策です。レッドカードまでいかずともイエローカードくらいの自治体は努力するべきです。

月尾 増田さんも生まれも育ちも東京でしたから、大胆な政策が可能でした。

変える勇気と変えたい気持ちが要

増田 岩手には誰一人知り合いがいなかったことで実行できたことも多いと思います。12年間、知事を務めましたが、大胆な改革をするなら1期目からのほうがやりやすい。ただし1期目から矢継ぎ早に改革をするとつぶされることもあります。前の山形県知事は1期目からそこまでやって大丈夫かと思っていましたが、2期目は落選でした。
変えるところと変えないところの見極めが大事ですが、「変える勇気」は必要です。新しい知事を選ぶことは、住民の「変えてほしい」という思いが背景にありますから、その声を大事にすることが大切でしょう。

月尾 最後にもうひとつ大きなテーマでおうかがいしたい。
これからは、民間企業の参加が重要だと思います。大きな変化がふたつあり、ひとつは企業の役割は利益を出すだけではないという思想が強くなってきたことで、CSRやSDGsが登場し、ESG投資も増加して、企業が社会に貢献することが重視されてきました。日本テレネットも利益を社会に還元したいという目的で、この研究所を始めています。
もうひとつは、これまで地域を支えてきた企業は重工業などの産業分野が中心でした。日立製作所やトヨタ自動車などが地域を支え、企業名が自治体の名前になっているほどです。
しかし時代は完全に情報社会に変わっています。新しい情報産業の視点から地域を作り替えることも大事です。日本テレネットも情報産業ですが、情報産業の視点でこれからどのように地域を支えるかについてのお考えをお聞かせください。

  • 『「地域から変わる日本」
    推進会議』

    のちに地域自立戦略会議。1998年、地方への権限・税財源の移譲、情報公開の徹底、マニフェスト(公約)提示型選挙、公共事業の入札改革などに取り組む、増田氏を中心とした8県の改革派知事により発足。国発信にまかせるのではなく、県レベルから国を変革していくことに取り組んだ。

  • 『シャウプ勧告』

    日本における長期的・安定的な税制と税務行政の確立を図るため、1949年にシャウプ使節団が来日し、調査を経てシャウプ勧告書を提出。この勧告書の基本原則は1950年の税制改正に反映され、直接税(特に所得税)中心の税制、申告納税制の採用、地方財政の強化など、国税と地方税にわたる税制の合理化と不公平さの一掃が図られた。

  • 『地方消滅
    東京一極集中が招く人口急減』

    人口の推移を読み解くと、このままでは896もの地方自治体が消滅しかねない、と警鐘を鳴らす新書。多くの地方では、すでに高齢者すら減り始め、大都市では高齢者が激増してゆく。東京一極集中化から脱却し、地方で生きていくことこそが未来を生き抜く術と説く。藻谷浩介氏、小泉進次郎氏との対談も収録。中央公論新社 886円。

  • 『外国人による古民家再生』

    アメリカ出身のアレックス・カー氏は、1964年に来日。徳島県祖谷渓に残っていた築300年の茅葺の古民家を自ら修繕を施しながら住み始める。それ以降、長崎県、奈良県、香川県など全国の古民家を宿泊施設やカフェに再生している。ドイツ出身のカール・ベンクス氏も古民家に魅了されたひとりで、全国で再生した古民家数は50軒にのぼる。

  • 『徳島県神山町』

    2004年にNPO法人グリーンバレーが、町から受託した移住支援事業や、緊急人材育成支援事業などを行う。早くより山間部の情報格差、難視聴対策としてケーブルテレビ兼用の光ファイバー網を整備したこともあり、東京のIT企業などがサテライトオフィスを置くなど、その利便性と自然環境の魅力が広まった。

  • 『島根県隠岐郡海士町』

    2002年に就任した山内道雄町長のもと('18年退任)、海士町の海産品を直接消費者に届けるシステムの導入、隠岐牛のブランド化、島外の高校生を招く「島留学」など、島民一丸となって島おこしに取り組む。人口は1950年の6986人をピークに年々減少していたが、2010年からはIターン、Uターンの20~40代が増え、2374人からほぼ横ばいに。

  • 『ボアオ・アジア・
    フォーラム』

    ダボス会議のアジア版を目指し、中国政府の支援を受け2001年に設立。以降、毎年開催される会議には、各国首脳や大企業経営者、知識人が集い、アジアや世界の経済、金融、社会、環境など多岐にわたって討議される。また参加者同士が直接話し合い、国家間協力や企業提携などのトップ会談が持たれる。福田康夫元首相は2010~'18年、理事長を務めた。

  • 『ESG投資』

    E(環境、Environment)、S(社会、Social)、G(企業統治・ガバナンス、Governance)を意味し、企業を評価する際にこれらESGへの取り組みが適切に行われているかどうかを重視するという投資方法。国連がこの見解を提唱した結果、ESGの視点で投資を行う金融機関が欧米を中心に広がっている。

  • 『北海道夕張市』

    353億円赤字という深刻な財政難の末、2007年に財政再建団体(現・財政再生団体)に指定された夕張市。東京都職員だった鈴木直道氏は'11年に夕張市長に当選して以降、自身の給与の70%カット、カタール国との友好、旧炭鉱住宅を再利用した観光施設のオープン、若者や子育て家庭に向けた格安住宅の建設など、財政再建・地域再生に取り組む。

地域の価値を向上させる四つの要素

増田 企業は社会の要請に対応して株主利益を最大にすることは重要です。ただし従業員や株主の利益最大だけではだめで、会社が立地する地域の人たちに対してどのように還元していくかがより重要になる。地域という範囲を超え、地域社会、国家、さらには地球環境にまで貢献していくかを考える必要がある。企業に求められる責任や企業価値をどういう形で表現するかですが、その価値基準が変わってきています。
最近では農業分野も企業化されて生産性が向上しています。三次産業の中では、介護や医療、宿泊や飲食など典型的なサービス産業に情報技術によって全体に通じる横串を作る。情報産業がそれぞれの分野を高度化し生産性を上げていくうえで重要な役割を果たしていきます。それら情報産業が地域を意識して、どのように地域に関わっていくのかが重要になってくるでしょう。
たとえばAIを搭載したロボットの開発、ビッグデータを駆使した仕事内容の転換などのように消費者にモノやサービスを提供するだけではなく、シェアしてもらって個人の負担を少なくし楽しんでもらうということも可能になります。
私や月尾さん世代では、モノを持つことが豊かさの象徴でしたが、現在では、モノではなく体験を共有することが重視されています。そのような新しい方向性や必要性が見えてきたときに、日本テレネットのような企業が社会に貢献するモデルを示唆していただきたいと期待します。
地域の価値を向上していくには四つの要素が必要です。一つは話題性。「とんがっている」と思われることです。
二つめは共感性。とんがっていても反感されるようではだめで、多くの人々に共感や好感をもたれ広がることも重要です。三つ目は過去ではなく将来に繋がるビジョン。そして四つ目はそれが一貫してブレない継続性です。
私は各地で「広く共感されるようにとんがってください」と言っています。難しいかもしれませんが、情報産業が将来を明示して引っ張っていくことこそ地域の貢献にもなる。そんな意識も持って新しいことにチャレンジしていただきたい。

月尾 バブル経済絶頂期1992年頃の世界の企業の「時価評価総額」の1位から20位までに日本企業が8社も入っていました。大半は金融関係の企業です。
ところが現在の上位4社はアメリカの新興情報企業のアップル、アルファベット、マイクロソフト、アマゾン、それに続くのは中国の新興情報企業のテンセントやアリババです。日本は50位以内にかろうじてトヨタ自動車が入っているだけで、情報社会に大きく出遅れています。
総務大臣時代に情報通信も所轄さていた立場として、遅れた日本の情報産業や情報基盤をどのように変えていけばいいとお考えでしょう。

増田 問題がふたつあります。いろいろな分野で先行して技術開発をしたけれど、それを世界に普及させる戦略が欠けていた。これは企業だけでなく政府も含めてそうです。
月尾さんに総務省総務審議官(国際担当総務審議官2002ー2003)に就任していただきましたが、もっと長く続けて引っ張ってもらうとよかった。残念ながら司令塔的なことは役人ではなかなか難しいと実感しました。
最近、アメリカのフェイスブックの(マーク)ザッカーバーグが議会に呼ばれ情報漏洩が問題になりました。またアマゾンが典型ですが、営利企業があれほど巨大になって、あらゆるデータを独占する形になっていいのかどうかも課題です。
先週、福田康夫元総理のお供をして中国のボアオ・アジア・フォーラムに参加してきました。
習近平国家主席が基調講演をし、アリババのジャック・マー会長がIMFのクリスティーヌ・ラガルド専務理事と対談、中国の名立たる企業経営者も自分たちの戦略を語っていました。中国は13億の国民を統制するために、政治的には民主的な動きを抑えています。顔認証で犯罪歴など個人情報がすぐにわかるようになっていますが、これは便利ではあるものの行き過ぎでしょう。
国柄はそれぞれ違いますが、日本企業はさまざまな分野に挑戦すべきです。技術を持っている企業が情報産業にも挑戦し、世界の企業50社に入ってほしい。同時に政府の保有するデータを自由に利用できるオープンデータ政策も進めていく必要があると思います。
一方、アメリカの巨大な情報産業に膨大なデータを自由に使わせていいのかは問題で、それに対抗しようとEUは規制を進めています。日本もアメリカの企業に対しては物申していくことも必要です。

月尾 スマートライフ研究所の進むべき方向に有意義なご意見をいただき、ありがとうございました。