リクルートスタッフィング社長柏村美生

女性視点の働き方改革

多様な人材が多様な働き方を選択できる世の中が実現すれば、ワーキングマザーも介護中の人も自分に合った働き方を選びやすくなる。在宅勤務が一般的になれば、通勤困難を抱える障がい者も働ける。『らしさ』の数だけ、働き方がある社会を実現する。

ボランティア志向時代を経てリクルートスタッフィングへ

月尾 本日はお忙しいところをありがとうございます。
柏村さんが所属しておられるリクルートは、天才的経営者といわれた江副浩正さんが1960年に創業され、学生の就職情報提供から始まり、その後は住宅情報や人材情報も提供する分野に拡大してこられました。現在はさらに人材派遣や人材教育まで拡大しておられます。会社の概要は、販促メディア事業と人材メディア事業、人材派遣事業の3分野を合わせて2兆円という巨大企業です。柏村さんは、そのなかの人材派遣事業・リクルートスタッフィングにいらっしゃいます。
ホールディングス全体のなかで現在のお仕事がどういう位置付けになるかをご説明ください。

柏村 リクルートはメディア事業と派遣事業という大きなふたつのくくりでビジネスをさせていただいています。私が担当しているのは人材派遣で、世界規模で展開しております。リクルート全体の売り上げの半分を担うような大規模な事業構造を持っており、各企業に人を派遣する仕事を世界中で展開しています。
日本はリーマンショック以降、雇用の柔軟性を企業が考えるようになりました。働き方を選んで働く人が増えていくなかで、私たちの派遣マーケットが確実に成長を続けていると思っています。

月尾 世界規模と言われましたが、これは外国の人を日本に、日本の人を外国に派遣するだけでなく、日本以外の外国の間だけでもやっておられるのですか?

柏村 リクルートスタッフィングでは留学生の派遣サービスを行っています。また海外の優秀なエンジニアなど、外国の方に日本に来ていただくこともあります。海外の派遣会社をM&Aしていく中で、ヨーロッパ、アメリカなどでもビジネスをしています。

月尾 いろいろな経歴をお持ちですが、元々はボランティア活動に非常に熱心で、体の不自由な方のお手伝いをずっとやってこられましたが、あるとき目覚められた。その経緯をお話しください。

柏村 最初は民間企業で働く気はなく、大学も社会福祉学科で、障がい者の方たちが社会とどう関係していくかをテーマに勉強し、大学時代もボランティアを中心とした生活をしていました。 精神疾患の障害を専攻したものですから、そのまま障害疾患のソーシャルワーカーになろうと決め勉強していました。
ボランティアに明け暮れるなかで、大学の先生も福祉の世界の方たちも、社会に対してこういうことをしたいという思いを持ちながらも、国の制度や補助金のなかで成り立つ福祉には限界があることを感じました。とにかく価値を生んでお金儲けをして、優秀な人が集まる構造を作らないと、日本の福祉は何十年経ってもきっと変わらないと思い「よし。お金儲けをする会社に入ろう」と思ったのです(笑)。
課題を解決してそれを仕組みにし、お金儲けをして事業を拡大させていくようなことを勉強しようと思い、リクルートの門を叩いたのが正直なところでした。

月尾 先の目標までお考えになってリクルートに入られ、大きく見ればボランティアでやるか、事業としてやるかという違いはありますが、適材適所で社会に人を適応させる仕事を目指してこられたわけです。

すべての人に役割のある社会を目指して

柏村 そうですね。リクルートに入社して21年目になりますが、辞めずに働いている理由はそこにあります。
「すべての人に役割がある社会を」ということが自分の核にあります。元々は障がい者の方々と社会の結合がテーマでしたが、自分がビジネスをしていくなかで、高齢者や身内を介護している方、自分がご病気の方、健常であってもさまざまなライフスタイルや価値観の変化に直面しておられる方というように、人間にはさまざまな局面があるということに気付かされることが多くありました。
すべての人に役割がある社会を作るためには、まず産業が活性化しなければならない、働き方を選べなければいけないということを感じ、自分がそれに向き合えてきた21年間だったと思っています。

月尾 現在は企業のトップまでこられたわけですが、21年間を振り返ると、どのようにして現在の状態を確立されたのでしょう。

柏村 リクルートで長く働く気もなかったのですが(笑)、目の前のことと向き合っていたら現在の状況にある、というのが正直なところです。ありがたいことに、数多くの新規事業の経験を積ませていただきました。中国に6年間駐在した際には、異文化、異業種、まったく違う価値観、もしくは自分が理解できない環境に投げ込まれる経験をさせてもらいました。どのような環境のなかでも、「すべての人に役割がある社会へ」という自分の核から離れずにさまざまな事業を経験し、現在に至っているという状況です。

働く女性が活躍できる社会とは

月尾 海外経験が豊富ですと、そこから見る日本は異様な社会ではないかという気もします。例えば、日本は女性が働くのに適さない社会です。国会議員の女性比率は世界の158番目、女性の重役の比率が世界の42番、男女格差が少ない順番では42番目という状況です。女性の立場としても、本来のお仕事の目的からしても、この状況を変えていく立場におられると思いますが、このような現状をどうご覧になり、またどう変えていこうとされていますか?

柏村 外国で働いてから日本に戻ると、日本が例外的な国であることをポジティブにもネガティブにも感じざるを得なくなります。安倍政権を中心に女性活躍推進もここ数年進めており、それは非常に必要なことだと思っています。
「女性の働きやすさ」を目指して取り組むべきです。女性が活躍できない国では外国人は絶対に活躍できない。社会を構成する半分の女性が自分らしく働ける社会を実現することは、日本にとって大切なことだと思います。 LGBTだ、外国人だという以前に大事なことですが、すぐに解決することはないとも思っています。ビジネスの世界も政治の世界も男性がリードしてきたのは事実で、そこで作られてきた仕組みや価値観が日本には脈々と流れています。だからこそよかった部分もあったと思います。
そこに女性という男性から見たら異分子が入っていくなかで生まれてくるイノベーションが必要な時代で、女性の参画は絶対的に必要です。ただそれは簡単ではない。長い目で見ながら、社会のどの部分にも女性が存在しているという社会を作っていく、場合によっては強制的にでも作っていくなかで、構造が変わり仕組みが変わっていくのだろうと思います。
企業も「女性活躍」と言いますが、強制的に女性を引き上げることも一定量は必要ですし、女性の教育や女性の意識改革ももちろん必要です。一方で男性のマネージメントの多様性を受け入れる能力という「マネージメントスタイルの進化」も欠かせないと思っています。

月尾 しかし、女性には出産という役割があり、日本では育児や家事も女性がするという慣習があります。育児や家事は男女平等にやれなくはないのですが、亭主関白という言葉があるように長年、社会に根付いてきた慣習です。これを変えていくことは可能だと思われますか?

柏村 可能だと思っています。弊社には約2400人の従業員がいますが、20代30代の男性従業員は、当たり前のように奥様と分担して子どもを送り迎えし、週に何回かは家で食事を作る男性が増えています。変わるのは時間の問題です。
変われないのは、これまで奥様に世話をしてもらってきた男性たちです。私の父も完全にそうだと思います。リタイアしても奥様が食事を作るのが当たり前な時代はもう終わります。

Wインカムは当たり前Wワークや熟年ワークも戦力に

月尾 これまでの男性から見ると、若い男性が飼いならされたという気もします(笑)。

柏村 男性も奥様に働いてほしいと思うようになっています。子供が2歳3歳の一番可愛い時期に、自分も育児に参画したいという男性も増えてきています。
先日、ある国立大学の就職セミナーで講演させていただきました。博士課程の男子学生からの質問の半分くらいが「育児休暇を取れる企業はどれくらいあるのか」、「セカンドビジネスは可能なのか」ということでした。奥様にすべてお願いしている男性たちから見ると、まったく違う価値観の男性が出てくる時代になっていると思います。

月尾 そういう方向に日本の社会が大転換し始めたとき、リクルートとして次の目標をどう設定していくかは非常に大事だと思います。

柏村 そうですね。リクルートのどの事業のトップも、それぞれ未来を見据えていると思います。
私も自分の事業のなかで、未来の習慣をどう作っていくかが大事な使命だと思っています。特に「働く」という役割を持つことについては、ここから10年ぐらいの期間で、日本の労働市場が大きく変わると思います。
わが社は企業の人事制度に触れずに、働き方の選択肢を企業に提供できる役割を担っている。それはすごく幸運なことだと思います。例えばZIP(ギュッと圧縮した)WORKということで週3日のハイスキルワーカーの派遣をさせていただいたりしています。
これまでだと「時短」は単純作業だからできるというイメージを持たれる方が多かったのですが、そうではなく、例えば「人事を10年やっていた。子供を産んだのを機に週3日働き、スキルを活かしたい。あとの2日は完全に育児に専念したい」と言う方もいらっしゃいます。
男性でも「起業の準備をしたい。でもフルタイムに企業で働きながら起業の準備は難しい。しかし妻も子供もいるので仕事を辞めるわけにはいかない。そこで週3日、自分のビッグデータを動かす力を活かして派遣として働き、後の2日で起業の準備をしたい」という方たちを応援するようなサービスをスタートしています。
また「熟戦力」として、リタイアされた方たちを派遣する仕組みもあります。これまで会計や法務を担当した方、営業で人脈を持っている方たちにフルタイムで週5日働いていただくのではなく、知見をシェアしていただくためにベンチャーで働いていただく。そういうことを新しく提案しています。
企業側も、労働組合と調整しながら人事制度を変えるのは簡単ではありませんが、派遣という形であれば多様な人たちを多様な形で受け入れることが容易にできるため、ご利用いただく企業が増えてきました。さらには、正社員しかマネージメントしたことがなかったマネージメント層のスキルを進化させるお手伝いもさせていただいています。

月尾 個人の意識を変えるというよりは、すでに変わり始めているから、企業に変革を促すことをお仕事にされているということですね。

企業の労働環境意識が問われる今

柏村 その通りで、働く側の意識は変わってきています。残念ながら変わってないのは企業側です。企業も努力して人事制度や福利厚生を整えられていますが、企業全体として変わることは難しい。これは経営者の方々が悩まれていることです。
逆に派遣というかたちで多様な働き方をする人々が活躍してくれることで、「そのような働き方は参考になる」と企業のなかで広がっていることを実感しています。最近は価値観や多様な働き方の可能性を草の根的に広げる役割ができると思っています。

月尾 日本の産業は数だけでいえば99%が中小企業で、大企業は1%程度です。現在の対象は中小企業が多いのですか?

柏村 いえ、大企業や中小企業という規模だけではなく、業種も多種多様な企業に派遣をさせていただいています。

月尾 リクルートという組織のなかで多様な仕事をしてこられましたが、これから先も同じことを続けていこうとは思ってはおられないと感じます(笑)。
会社を飛び出すかどうかではなく、個人として、どういう方向転換を考えておられますか。

柏村 私の世代は障がい者を友人として小学校時代を過ごすような教育は受けずに大人になりました。ありがたいことに高校時代に障がい者の方々との接点が増えるなかで、自分が健常者としてマイノリティだった経験がありました。大学も福祉を選び、精神疾患を専攻しました。将来的には、障がい者の方たちが社会とどう関係するかというテーマに、どこかで戻ろうとは思っています。

月尾 十分起業する能力がおありなので。若い時から培ったものを、もう一度ある程度の地位を得た段階からやることは素晴らしいことだと思います。
アメリカやヨーロッパでは実績のある企業家が新しい分野に出てくることがあるので、日本の企業経営者にも、そういう人が出てくればいい。日本の社会が変わるので、柏村さんには期待しています。

何らかの役割や目的を持って働く幸せ

月尾 日本では社会の労働環境を変えようと、働き方関連改革法が成立しました。いろいろな見方があると思いますが、働く時間を減らしても生活できる社会を維持するには、「時短」がひとつの大きな目標です。仕事や能力によって賃金の格差が多少あるのは仕方ないにしても、能力があるのに賃金が安いのは、公正という観点からすると非常に問題があると思います。
もうひとつは、ハンディキャップのある方々とは別に、最近、LGBTなども話題になるようになりました。多様な人たちが働く社会に変えていくことも大きな目標だと思います。組織が変わる以前に、個人の意識がそういう方向に変われるか、どのようにお考えになっていますか?

柏村 個人の意識は変わると思います。望むと望まざるとにかかわらず、変わらざるを得ない。テクノロジーが進化し情報流通が平等になっていくなかで、これまでのスキル、これまでのビジネスモデルでは企業も個人も勝てなくなる時代が間違いなく到来する。
あとは寿命が延びるなかで自分がいかにイキイキと生きていけるかということは、世界で多くの人たちが考え始めています。価値観は変わっていくと思います。

月尾 私が懸念しているのは、精神的なバックグラウンドが大丈夫かということです。 ユダヤ教徒やキリスト教徒などは、働くことは神から与えられた罰と意識している。つまりエデンの園を追放されたときの話に遡るわけです。罰として与えられたから、できるだけ早く済ませたいという意識がある。つまり働くことは悪とまでは言わないにしても、一種の義務であって、そこから早く逃れたい意識があります。一方日本は働くのはよいことであり、楽しむことと考えている。
僕の30代の時にアメリカで企業の経営者と話をしたところ、「お前は何歳まで働くのだ」と聞かれ、当時の常識として「60の定年まで」と言ったら、「アメリカだったら40で引退しないやつは失格者だ」と言われました(笑)。成功したら早く引退して趣味に生きるというのが素晴らしい人生というわけです。欧米型の社会と日本型の社会と、精神的な背景が違うことに対して、短期間に日本人が適用できるかと疑問です。

柏村 そうですね。宗教観だけではもちろん語れないのですが、人それぞれだと思います。熟戦力を始めたのはまさにそういう意味合いからです。
「お金を稼ぐ」ために働く、「人から頼られるとか、感謝される」ために働くなど、いろんな働き方が日本には存在しています。60歳でも90歳でも、さらには死ぬまで何らかの役割を持ったほうが日本人は幸せなのではないかと思います。
引退される方がいる一方で、90歳や100歳まで役割を持って、人から頼られる環境を持ち続けられることは、それはそれですごく幸せなことです。日本社会はどちらかというとそういう方向に向かうと私は楽観的に思っています。

ジョブ型で働く時代

月尾 前回の対談で世界的に有名な建築家に「これからさらに大きい仕事をされるのか?」と聞いたら、「いや自分はもういい。瀬戸内海の島に移り、そこを再生する」と言っておられました。

柏村 ステキですね。

月尾 彼は若い建築家と一緒に東北の被災地の復興にも貢献してこられました。そういう人が出てくると、社会が変わる可能性はあると思います。
しかし、国の働き方関連推進法が、そのような変化する時代に対応していないのではないかと思います。そういうことを考える人が現れることに対応していない。長時間労働で苦労している人を救おうというような当面の問題だけで、長期的な視点がないのではと思います。

柏村 日本の労働時間が異常に長い問題は、女性が働きにくくなっている大きな原因であることも事実です。夕方6時や7時からのミーティングが当たり前にある会社では抜けて帰れない。それは改善すべきポイントです。そういう意味で言うと労働時間に制限を設けることは、日本の社会を進化させるうえで必要なことです。
しかし、労働時間を短くしたら多様な人々が働けるかというとそうではなく、「多様」の捉え方を拡大していかないと、多様な働き方は生まれません。個人の価値観が先に変化していくのに、その価値観に対応できない企業には人が集まらなくなります。今後、日本は大きく変わらざるを得ないし実際に変わりますが、個人のほうが早く変化します。

月尾 そういう逆転が起これば素晴らしいと思いますが、それでは企業は変わることができるかについておうかがいしたいと思います。
現在でも4月に新入社員を一括採用して終身雇用したいと考えている企業や社員が大半だと思います。企業がその受け入れ制度を変えない限り、個人がそこから飛び出そうと思っても、能力がある人は可能かもしれないけれど、多くの人にとっては難しいと思います。やはり企業が変わる必要がありますが、日本の大企業が変わる可能性についてはどう感じておられますか?

柏村 少し時間がかかると思いますが、変わると思います。実感としてはすでに起きているのですが、20代30代を中心に目標のある人は、会社を飛び出しています。「副業ができないなら会社を辞めます」という人たちが普通に出てきています。企業はそれに応えないと、これだけの労働力不足のなかで人が集まらないと実感しています。そのような状況で、これまでの仕組みと新しい仕組みをどう適合させるかに経営者は苦労されているのだと思います。

月尾 そういう動きがあるとして、その変化に対応して、大きな方向転換が必要だと思いますが、そのあたりはどうでしょう。

柏村 リクルートはもともと年功序列の概念がない会社で、日本のなかでは珍しく仕事に対して対価を払うジョブ型を採用してきた会社です。そのため従業員が辞めることも多いですが、それは辞めるというよりリクルートの経験を卒業するのだと送り出します。逆に卒業した方が戻ることもあります。それも歓迎です。これからの世界に向けての働き方にはもともと合っている会社です。
私たちが進化しなければいけないのは働き方の選択肢を増やすことです。10年経ったらリクルートスタッフィングでも親の介護ではなくて自分の病気を抱える従業員が増えてきます。その時代には、ガンになって病院に通いたいとか、ガンの状態によっても働き方は変わります。それに対応するために、私たちが進化しなければいけません。
そういう時代が到来するなかで、働き方をマネージメントする必要がありますし、私たち組織長も変化にも向き合っていかなければいけません。

月尾 どんな形でサポートされるのですか?

柏村 わが社なら、誰が介護しているのか、誰が病気なのかがわかるぐらいの社員数ですから、その人に向き合って、その人が望む最適な働き方を相談しながら決めることができます。しかし、これから10年経つと、たぶん4人に1人はガンを患う時代になると言われています。そうなると個人に対応する以上に、仕組みを担保しないと、従業員の満足度は得られません。

ZIPWORKで働き方改革を

月尾 リクルートという業界最大企業としては、具体的にどのようなことを社会に働きかけていかれますか。

柏村 ZIPWORK的な働き方や仕組みを作っていくことが一番の近道かと思います。「リモートワークができれば、車椅子の人も働ける」と私はよく言っています。精神疾患の人たちも、状態が悪いときに休むことができれば働ける。「週に2日がいい」「介護中だから半日だけ働きたい」などさまざまなニーズに応えられる「働き方の選択肢」があればいい。
「ワーキングマザー」や「介護中の人」とカテゴリー分けするのではなく、「こういう働き方があります」と提案し、働く側が自分の価値観やライフスタイルに合わせて選択できるような社会を作ることを私たちは提案し続けるべきだと思っています。
逆に働き方の多様性がなければ人が雇えないのは派遣会社も一緒です。「短時間雇用の派遣は無理」という企業では人材が確保できない現実があります。

月尾 日本の社会構造や企業構造の内部が変わるということですが、一方で、外からの巨大な圧力は情報社会です。AI、IoT、ビッグデータなど人を必要としない可能性が出てきた。
2013年にオックスフォード大学が「情報社会で消える企業」を発表しました。それを応用して野村総研が日本の例を計算し、三菱総研は2030年の雇用環境を予測しています。それによると、情報技術によって約500万人は新しい仕事が創出されるけれど、740万人は仕事を失うという結果です。
アメリカのある大学教授は、現在の子供が大学を卒業する頃には、65%は現在、世のなかにない仕事に就くと予測している。
現在の日本は人手不足だと言われていますが、人余りになる可能性もあります。そのような変化の時代に、就職の構造はどうなりそうですか?

柏村 日本は人手不足という状態が目の前にあり、これからも続くと言われています。人手不足と人余りは産業別に起きてくるでしょう。必要な職種、必要な産業が生まれる。サービス産業の時代になっていくときに、これまではサービス産業にいなかった人たちが、どのようにサービス産業に流動していくのかがひとつの大きなテーマです。
これまであった仕事がなくなることも事実でしょう。ただ同時に生まれる仕事もある。そんなときに新たな仕事にどう移行していくかもテーマだと思います。人間は自分自身で変化していけるはずですが、社会の仕組みとしてキャリア形成をしていくことが大事です。また、個人が学び直しできる場を提供していくビジネスも広がっていくと思います。

月尾 ロボットや人工知能に置き換えられる職業は、どちらかといえば工場などでの生産の仕事で、クリエイティブな仕事は残る可能性がありますが、人口構成から言うと、そこにすべての人が移行するのは難しい。教育が大事だと言われますが、各人の能力の問題もあるから短期間で機械や人工知能に侵食されない領域に逃げ込めるかどうかは難しい課題です。

人と人を結びつけるクリエイティビティが、未来の仕事を変える

柏村 どの領域が侵食されるのかの見立てもあると思います。大切なのは働く人を元気に働けるようにする機能を強化することです。「人間だからこそできることとは何か」という主題に産業が向き合わなければいけません。クリエイティブな仕事に関しても、現在定義されている内容と未来では定義は変わってくると思います。
個人を元気づける人と出会わせる人材が最もクリエイティビティの高い人材になっていくと思います。

月尾 出会いの機会を求める人の意識改革はもちろん重要ですが、自身の能力も向上させていかないとコネクトされなくなってしまうわけです。

柏村 自分がどの方向でどう生きていきたいかを考えるスキルを、働く側が上げないといけないのが事実です。
高校教育や大学教育のなかで、まんべんなく学ぶというより、自分がどう生きていきたいのかを考える教育が、今後の日本に求められることです。

月尾 日本の企業は、国際社会の競争のなかで対応する能力があるでしょうか。

柏村 難しい質問ですが、日本人は進化できる民族だと思っています。自動車業界だから、商社だからと分野ごとに考えていては、確実に負けることを経営者はわかっています。他の業種と一体となれるかが、現在の経営陣の重要な仕事になっています。それが当たり前だと思う次代の経営者たちが社会や企業を進化させます。淘汰される企業もあるでしょうが、社会貢献をする企業やNPOと繋がりながら、個人も企業も進化すると思います。私は日本社会に対してとても前向きです。

月尾 いずれはそうなるとしても、日本は世界の競争のなかでは出遅れていると思います。
わかりやすい例でいうと、1990年頃の上場企業の時価評価総額の上位20社を見ると、日本企業は15社入っていました。ところが、バブル経済崩壊から崩れ、今年6月の最新データでは1位から5位はアメリカのアップルやアマゾンなどの情報ベンチャーが独占し、6位と7位がテンセントとアリババです。最初に出てくる日本企業は37位のトヨタ自動車です。トヨタ自動車はもちろんAIにも取り組み、自動運転車も生産していますがモノづくり産業です。ベスト100の中に日本の情報産業は一社も出てこない。
別の例でいうと、スイスのシンクタンクIMDが毎年発表している「国家情報競争力順位」ではシンガポールや香港がベスト10に入っています。アジアでは日本より上に台湾や韓国があって。日本は27位です。今後、追い付くことを期待するにしても、現状では日本はこの情報革命の時代に出遅れてしまっている。何とかしなければと思うのですが、リクルートはどう変えていこうとしておられますか。

世界に発信できることがビジネスの主流に

柏村 世界の資本主義のなかで日本がどう見られているのかは認識しています。例えば金融のフィンテックの動きのなかで日本は主導権をとれていません。政府も応援していると思いますが、残念ながら中国のほうが国としての指針や金融政策など圧倒的に強いのが事実です。このままで勝てるかというと、それほど楽観視できるものではないとも思います。 日本が他国より先に抱えるであろう介護やサービス業の課題をどう解決するかが、ビジネスチャンスに繋がるでしょう。 大企業で頑張っている人や、海外でビジネスを作ってそれを日本に持ち帰ろうと思っている世代が頑張るしかないと感じています。

月尾 中国に6年おられ、中国の実態にはお詳しいと思います。軍事力の脅威もありますが、情報力でも中国の脅威は大きいと思います。 アリペイを代表に、電子マネーの利用率は日本と桁違いです。中国はアジアでは圧倒的な力を持っていますが、日本の企業や国民はどう対処していくべきでしょうか。

柏村 中国は国策がビジネス戦略と結び付いている。しかも国の産業の発展と国の政策が一体で動く国です。それに比べると日本は国の規制緩和などの政策を含めて、ビジネスが一体として動くのが難しい国です。特に金融は中国が何歩も先を行っている事実は否めません。 私たちの世代も次の世代も日本だけで戦うとは思っていない世代です。海外と一緒にやるのか、戦うのかを決めながら日本も頑張っていくしかないと思います。 大学教育もそうです。現在の教育では、残念ながら国際会議に出て戦う力をなかなか身につけられません。優秀な研究者の研究内容は素晴らしいが、議論で負けているようでは研究成果が伝わらない。企業の改革も必要ですが、大学も変わらないといけないと痛感しています。

  • 『LGBT』

    女性同性愛者(Lesbian)、男性同性愛者(Gay)、両性愛者(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の英語の頭文字を取った表現。LGBT 総合研究所が2016年に実施した調査によると、LGBT に該当する人は約5.9%、 LGBT にあてはまらないその他のセクシャルマイノリティに該当する人は約 2.1%となった。

  • 『女性活躍推進法』

    2016年施行。正式名称は「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」。女性が職業生活で十分に能力を発揮し、活躍できる環境を整備するために、安倍内閣により制定された。従業員301人以上の企業は「自社の女性活躍に関する状況把握と、課題の分析」「行動計画の策定、社内周知、公表」「行動計画を策定した旨を労働局へ届け出る」ことが義務付けられた。

  • 『リクルート(現・リクルートホールディングス)

    1960年、東京大学の学生新聞である「東京大学新聞」の広告代理店「大学新聞広告社」として、江副浩正氏により創業。求人広告、人材派遣、人材紹介、販売促進などのサービスを手掛ける。2012年10月の分社化に伴い、国内外のグループ企業100社以上を擁する。独立志向の社員が多く、社内でも独立支援を積極的に行い、起業家を多く輩出している。

  • 『電子マネーの利用率』

    2016年の日銀の調査によると、モバイル決済を利用している日本人は6%という結果に。若年層リサーチ結果を発信する「TesTee Lab!」の2018年の調査でも、10~20代の若年層の電子マネー保有率は52.8% 。一方、2016年の段階で中国都市部でのモバイル決済率は98%といわれ、日本での電子マネー利用の意識は低いといえる。

  • 『リモートワーク』

    在籍する会社のオフィスではなく、自宅やカフェ、レンタルスペースなど会社から離れた場所から、インターネットやメール、電話等を活用しながら勤務する形態。在宅ワークやテレワークと呼ばれることもある。アメリカでは1970年代からこのスタイルが広まり、2014年には300万人以上がリモートワークをしているといわれる。

  • 『育児休暇が取れる企業』

    「CSR企業総覧(雇用・人材活用編)」2018年版によると、育児休暇取得者が最も多かった企業は、三菱UFJフィナンシャル・グループの2640人で、うち女性取得は2085人にのぼる。2位の日本生命保険(1997人。うち女性1681人)は「男性職員の育児休業を7日程度取得」を目標にし、2013年から4年連続で男性100%取得を達成している。

女性ならではの感性で大事なものを選んでほしい

月尾 ますます発信力を活かしご活躍いただきたいと思いますが、既婚者として家事もやっていくのは大変ではないですか?

柏村 単身赴任で主人を東京に置いて中国に6年間滞在し、あと2年駐在という話があったのですが、主人と話し合うために日本に戻ったところ、自宅の冷蔵庫に入っていたマヨネーズの賞味期限が切れていました。「このような結婚生活ではダメだ」と思い、人事に「どんな仕事でもいいから、主人と生活できる場所に帰してくれ」と頼みました。
女性によくお話しするのは「大事なものは最後には絶対選べる」ということです。男性のように悩まず、女性は最後には大事なものを選べる。「出産したら仕事は続けられないのでは」「結婚しても仕事を続けられるか」と悩まずに、とにかく全部欲張ればいい。力をつければ選べる。女性のほうが自分にとって大切なものを選べる力があると思っています。

月尾 女性は捨てるのも早い(笑)。

柏村 主人が相当に我慢強いのだと思います。私は自分のなかで「大切なものは大切」、「大切じゃないものは大切じゃない」と切り分けをしています。ワーク・ライフ・バランスではなくて、ワーク・アズ・ライフだと話したのは、そんなにきれいに切り分けられないからです。
伴侶の職業や価値観、家族の形態によっても事情は違う。私は大切なものは大切にしながら、「この時はこれを捨てるし、この時はこれを選ぶ」ことを感覚でやっているから、離婚もせずにこんなに働けているのだと思います。

月尾 新しい時代を切り開く先頭に立って、ますます活躍し発信されることを期待しています。ありがとうございました。